坂本龍馬の性格

皆さんは「坂本龍馬」についてどんな印象をお持ちでしょうか?

幕末に仲が悪いと言われていた薩摩と長州の仲を取り持って薩長同盟を締結したり、幕臣である勝海舟に感服して弟子になったり、現代の株式会社のような亀山社中を設立したり、土佐藩からの脱藩を許され海援隊として活動したりと….こんなところでしょうか。

最期は京都近江屋で暗殺されてしまいます。龍馬が関わったの多くは明治時代になってから新政府の役人となっています。

もしも龍馬がいなければ、今の日本はもっと違う国になっていたかもしれません。

それほどの偉業を成し遂げた坂本龍馬は一体どんな男だったのでしょうか?今回は龍馬とほぼ同じ時代を生きた人々の残した龍馬の人物評を基にについて調べてみました。

坂本龍馬はこんな人

板垣退助:「板垣死すとも自由は死せず」で有名な自由民権運動家。

実は龍馬が生きていた頃、板垣は一度も龍馬に会ったことがないそうです。しかし、板垣は龍馬が暗殺された時にこんな言葉を残しています。

板垣退助【豪放磊落、到底吏人べからず、龍馬もし不惑の寿得たらんには薩摩の五代、土佐の岩崎たるべけん】何を言っているのかさっぱりわかりませんね。

意味としては、細かいことにこだわらず、おおらかな人物で役人には向いていない。もし、龍馬が40歳を迎えていたなら、薩摩の五代や土佐の岩崎のような人物になっていただろう、といった感じです。

薩摩の五代というのは大阪経済界の重鎮の一人で商工業を組織化したり、信用秩序の再構築を図った人物です。土佐の岩崎は三菱財閥の初代総帥です。

新政府に入るように勧められても興味がなかったという坂本龍馬。暗殺されていなければ貿易会社設立とかしていそうですよね。

住谷寅之介:尊王攘夷派の水戸藩志士。公武合体を容認、勤王派から敵視され斬殺された。

【龍馬誠実可也の人物。併せて撃剣家、事情迂闊、何も知らずとぞ】【頗る可愛人物也】と言っています。

意味は、龍馬は誠実でかなりの人物。さらに撃剣家。事情には疎く何も知らない、頗る愛嬌のある人物だ、という意味です。

龍馬は誠実で愛嬌のある人物だったということがわかります。今でもそうですがこういう人物は、男女問わず友達が多いタイプですよね。

平井収二郎:土佐勤王党に参加、藩政改革を求めるも失敗し、切腹。

【元より龍馬は人物なれども、書物を読まぬ故、時として間違いし事もござ候へば】

意味としては、元々龍馬は優れた人物であるが本を読まないため、時には間違えることもあるからと龍馬の脱藩後のフォローをしています。

本当に本を読まなかったのかは不明ですが、龍馬は愛されていたのですね。

武市半平太:土佐勤王党を結成した人物で龍馬とは遠縁にあたる。

【肝胆もとより雄大、奇機おのずから湧出し、飛潜だれか識るあらん、ひとえに龍名に恥じず】元から心の中の規模が大きく、思いがけない機会がおのずと湧き出し、逃げているのか潜んでいるのか誰にもわからない。

確かに、どこで何をしているか読めない人ですよね。色々なことをやっていた割には表に出ないというか…..。当時、あまり一般人には知られていなかったようです。

武市富子:武市半平太の妻。

龍馬がいつも庭で用を足していたらしく困っていたようです。龍馬さんちゃんとトイレに行ってください。

中岡慎太郎:龍馬の海援隊に対し、陸援隊の隊長となった人物。

【龍馬君は、さすが才子なり】龍馬を才知がある人物と言っています。学があるというよりは、知恵が働くタイプだったのかもしれません

今井信郎:江戸末期から明治にかけての幕臣。龍馬暗殺の疑いがある京都見廻組に参加していた。

【土佐は恐るるに足らぬが一人の坂本が恐ろしかりき】

勝海舟:幕臣。坂本龍馬は勝海舟の塾生だった。江戸城の無血開城を主張。

【坂本龍馬、彼はおれを殺しに来た奴だが、なかなか人物さ。その時おれは笑って受けたが、沈着いて、なんとなく冒しがたい威権があってよい男だったよ】殺しに来たはずが、勝海舟の話を聞いてこの人にはかなわないと龍馬は感じたのです。

三吉慎蔵:長府藩士で京都の情勢を探るよう命じられ龍馬と一緒に下関を出発。寺田屋事件では龍馬の命を助けた。

【過激なることは毫も無し。かつ声高に事を論ずる様のこともなく、至極おとなしき人なり。容貌を一見すれば豪気に見受けらるるも、万事温和に事を処する人なり。ただし胆力が極めて大なり】

過激であることはほんの少しもない。さらに声高に意見を言うこともなく、とてもおとなしい人だ。見た目は気が強そうに見えるが、すべてにおいて温和に事を処理する人だ。ただし極めて度胸がいい。

伊藤博文:言わずと知れた初代内閣総理大臣。

【坂本龍馬は勝安房の門人で、壮年有志一個の傑出物であって、彼方へ説き、こなたへ説きして何処へ行っても容れられる方の人間であった】

伊藤博文坂本龍馬の人物評は数多く残っています。幕末の動乱の時代の中で、坂本龍馬は人心を動かすのが上手な人だったのではないかと思います。

悪い言い方をすれば、「人たらし」とでもいいましょうか….。あちらへ行っては心をつかみ、こちらへ行っては心をつかみ、そして人と人との仲を取り持つことがとても上手だったのでしょうね。

見た目は大男でお洒落れなのにだらしがなく、目は鋭く普段は無口だったという坂本龍馬。その一方で内面はとても愛嬌があり、女・子供・年寄りには特に優しく、大らかな人柄だと評されていたようです。

ギャップ萌え⁉内面と外見とのギャップもまた坂本龍馬の魅力の一つだったのでしょうね。

行動にも意外なことが多いですが、その人そのものが意外性の塊りとなれば人々が魅了されるのもわかります。

敵でも味方でも龍馬が次は何をするのだろうと関係者は目が離せなかったと思います。そんな何かやってくれそうな期待が持てるところも龍馬の魅力の一つかもしれません。

元々、幕末は新撰組の方が好きで勤王派の志士に全く興味がなかった私が、勤王派に興味を持つくらいですから、坂本龍馬はとても面白い男だったのだと思います。


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